大雲寺年表

                        

                                                 

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時代 和 暦 西  暦

 月 日

      記               事

 逆  算




天平年間

729


749



   −
本尊秘仏十一面観音 行基 2008年基準

約1250年前
 















延暦13年
天安 2年
天禄 2年




天元 3年

天元 4年

永観 3年



正暦 2年

    

    4年

長徳 2年

    3年

長保 元年

長久 2年

康平 3年

万寿年中

万寿 5年

延久 1年

延久 4年

永保 1年

応徳 2年



 

794
858
 971




980

981

985



991



993

996

997

999

1041

1060



1028

1069

1072

1081

1085

 


 8月 2日
 4月 2日












 2月15日

 2月18日

 8月 8日

 3月28日













  3月 15日

10月 6日
桓武天皇 平安遷都
大雲寺 梵鐘銘
円融天皇 比叡山講堂落慶法要の砌、当山に霊雲を眺められ、日野中納言文範(ふみのり)卿を遣わす。
文範真覚(藤原佐里)を開祖として大雲寺創建
佐里卿『大雲寺』の掲額を書く

大雲寺 円融天皇勅願時と定められる

慈覚門徒(延暦寺)・智証門徒(三井寺)法性寺座主職
を争う
昌子(しょうし)内親王、観音院及び六堂を建立。
文慶、初代別当職となる。大雲寺を本寺として是応寺・
福泉寺等諸堂立ち並ぶ。

円融天皇崩御(享年33歳)

余慶(智弁大師)没(73歳) 霊廟は智弁谷に現存

余慶門徒千余名が叡山を退き大雲寺に入る

文範卿(日野中納言)寂

石座明神他七所を大雲寺に勧請『八所明神』と号す

具平親王 9月姉楽子内親王周忌法要をおこなう

成尋、大雲寺別当になる。(師 文慶)

新羅大明神を大雲寺に勧請

文慶、霊夢に跋難陀龍神が現れ閼伽井の場所を教示

『大雲寺勘録』銘(大雲寺四至)

後三条第三皇女、大雲寺に参篭 脳病治癒

成尋、入  宋(61才・弟子7人同行) 

成尋(善恵大師)、東京(とんきん)開宝寺(宋)にて没
    享年71歳
大雲寺高峰に紫雲たなびく、如法経を埋める
     −如法経峰・紫雲峰−
一説には、長元元年(1028)明尊僧正が埋経
したと口伝あり。

1214年前
1150年前
1037
年前




1028年前

1027
年前

1023年前



1017年前



1015年前

1013年前

1011年前

1010年前

 966年前

 948年前



 980年前

 939年前

 936年前

 927年前

 923年前


 




建久 3年 1192

  −
源頼朝、鎌倉に幕府を開く  816年前





建武 1年
元弘 4年
(南朝年)

1334
1334



  −

 
建武の中興
藤原藤房卿、不二房(現大雲寺境内)にて出家


 
 674年前
 674年前
 












応永 8年
   18年
応仁 1年
文明 6年
天文15年



   20年

   22年

永禄 3年

元亀 4年
 
1401
1411
1467
1474
1546



1551

1553

1560

1573
 




10月28日

 

 9月 4日
 
  4月

11月18日

11月18日
義運(実相院十二世) 成金剛院にて大雲寺事務管領
大雲寺境内に蘭若(らんにゃ)造立『岩倉実相院』
応仁の乱起こる
日野富子、大雲寺伽藍修造
天文の法難細川玄蕃山本修理』大雲寺灰燼となる
  ※この時 本尊の宝冠を焼損するが智光房弟庵
    に暫く安置する。     

三好長慶、岩倉攻。社寺・山林家屋・石座神社等焼失
本尊を鞍馬寺に預ける
石座神社再建

本尊十一面観音
を禁封し秘仏と定める−明学坊永源

織田信長(明智光秀軍)大雲寺を焼く
 
 607年前
 597年前
 541年前
 534年前
 462年前



 457年前

 455年前

 448年前

 435年前






天正13年




慶長 5年
1585




1600



  −
秀吉、関白となる




関ヶ原の戦い
 423年前




 408年前










寛永18年

正保 2年

明暦 1年

元禄 3年

   11年
1641

1645

1655

1690

1699


10月10日



 3月27日

 
義尊、大雲寺本堂再興(旧 伏見城の遺材を充てる)
    厨子は東福門院(秀忠公御女)寄付
三位局(さんみのつぼね)、新本尊造立寄進
                 中性院 日護(鳴滝住)作
後水尾院、大雲寺鐘楼建立

義延、秘仏開帳(永禄の勅封より131年目)7月27日迄

大雲寺 正教院 恕融(じょうゆう)
   『大雲寺堂社旧跡纂要』を編纂
 367年前

 360年前

 350年前

 315年前

 306年前



明治 1年 1868
  −
明治維新
神仏分離令・廃仏毀釈運動起こる。
 137年前

 

 








大正 7年


昭和60年




平成 8年

平成10年


平成15年

 

1918


1985




1996

1998


2003



 5月20日


 7月17日

  11月

10月20日

 
8月 7日

北野神社神官 山本興三郎氏(定 阿)
 岩倉村概誌 編纂

昭和の法難 寛永18年〜の旧本堂 消失
 寺宝・秘仏の悉くを散逸

現住職、仮本堂竣工

郷土史研究家 竹田 源(はじめ)氏 
  『大雲寺堂社旧跡纂要』の現代訳を著す
現住職、散逸した寺宝178点全てを大雲寺に戻す
秘仏 仮厨子に安置し現代に至る

現住 智弁大師霊廟にて御霊入魂式を行う。(昭和60
年5月より墓石頭部を大雲寺北に安置していたのを元に
もどした)
  90年前


  23年前




   12年前

   10年前

                        

   5年前